Designing Education and care at LEMONKAI
檸檬会の保育デザイン
一つひとつの育ちを支える保育の理論と専門性について聞きました。
探究的な保育とは - なんだろうのその先へ
檸檬会が大切にしている「探究的な保育」をテーマに、副理事長の青木、本部職員(元保育士)の安達、保育研究員の上林が対談しました。理念と現場での実践について語り合います。
子どもの「なぜ?」から始まる保育
熱中できる環境をデザインする
青木:
子どもが熱中できる環境には、保育者の願い(ねらい)が込められています。例えば、子どもたちが触れてみたくなるような素材を用意したり、自由に答えられるオープンクエスチョンで投げかけたり、好奇心がくすぐられる仕掛けをさりげなく設けたりします。そのアイデアやエッセンスを保育者が持ち、子どもと一緒に日々を作り上げていくことが「探究的な保育」の醍醐味でしょう。
特に乳幼児期は、触れたり感じたりといった直接的・具体的な経験が学びの基盤になります。保育者が正解を教えるのではなく、子ども自身が試行錯誤して発見することで、本当の「生きる力」が育まれると思います。
上林:
そして、檸檬会の保育実践を見ていると、子どもたちに自己効力感や対話力といった「社会情動的スキル(非認知能力)」が育まれていくのを感じます。
みんなで輪になって話し合う「サークルタイム」でも、保育者が見落としがちな視点を持っていることに気付かされますよね。子どもたちの問いを目の当たりにすると、保育者だけでなく周囲の大人も自分を見つめ直す機会を得ていると感じます。
安達: そういえば、先ほど海の話をしましたが、当時3歳だった園児が小学生になって園に遊びに来るなり、私に「校庭にマイクロプラスチックがあった。なぜだと思う?」と声をかけてきました。私が勤めていた沖縄エリアでは、校庭に海の砂やサンゴのかけらが混じっていることもあり、そこで発見したようなんです。卒園してもなお、問い続ける姿に感心するとともに、保育者としての喜びに包まれました。この学びの姿勢こそ探究心が育まれている成果だと思います。
往還型研修だから生まれる、保育者と現場の変化
上林:
安達さんは「つながる保育®」往還型研修の第1期生ですよね。現在は第7期生が受けていますが、全9回ある研修で回を重ねるごとに楽しむ表情になっていくのを毎年のように目にしています。
2025年度からは外部の保育者も参加できるようになり、子どもとともに保育を作り上げていきたいという保育者の思いが「つながる保育®」を通じて一つになるのを感じます。しかも理念だけでなく、体系的な研修として積み上げてきたことが現場に着実に根付いており、保育者が研修を重ねるほど実践の幅も深みも増すように思います。
安達:
そうなんです。当時を振り返ると、研修中は無我夢中でしたが、最終日には現場での実践内容を発表する場があり、自らの成長の手応えをつかめました。
また、現場で保育者同士が対話を重ねる中で「この子は何がしたいのか?」という問いへの向き合い方も変わってきましたね。活動の締めくくりには、子どもたちがそれまでの学びのプロセスを保護者に伝える場があり、積み上げたものが家庭や地域につながっていくのを感じました。
青木:
まさに、その実感は大切ですよね。保育者が手応えを感じられることは、非常に大きな意味を持ちます。子どもと一緒に作り上げてきた足跡が見えると、保育が楽しくなり、自信につながりますよね。
また「探究的な保育」は小学校への接続においても重要な役割を果たします。探究する姿勢は学びに向かう力になりますし、遊びを通して育まれた好奇心は、算数や国語などの学びへとつながっていきます。私たちの取り組みが、子どもたちが世界と出会う橋渡しになると確信しています。
トークメンバー紹介
青木 一永 あおき かずなが
社会福祉法人檸檬会 副理事長/
大阪総合保育大学 非常勤講師
国家公務員として勤務後、檸檬会に入職し、園長職を経て現職。園長時代に大学院に通い始め、2019年博士学位取得。2015年日本乳幼児教育学会新人賞受賞。またプロコーチとしてコーチングを行っている。
上林 那津子 かみばやし なつこ
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 保育研究員
教育学修士課程を修了。SELや性教育理解に関するガイドラインなど、法人内指針の策定に携わるほか、保育者研修の構築・体系化に従事。保育研究や研修講師も務め、研究と実践をつなぎ保育の質の向上に取り組んでいる。
安達 麻菜 あだち まな
社会福祉法人檸檬会 法人本部
エンゲージメント推進室 兼 人事部所属
保育士時代、探究的な保育の実践が評価され、法人MVPを受賞。事例は『つながる保育スタートBOOK』でも紹介されている。現在は、その経験を活かし、職員がいきいきと働ける職場づくりに取り組んでいる。
乳児の育児担当保育 - 安心がもたらす子どもの成長
乳児期の基本的な生活習慣をサポートするために「乳児の育児担当保育」を行っている檸檬会。着替えや食事などの時間にいつも同じ保育者と関わることで、子どもたちは安心して生活ができます。
この仕組みを取り入れる理由について、保育安全部の部長である青木美佳と、保育現場をよく知る主任の小野が意見を交わします。
一人ひとりと丁寧に関わり、小さな成長や変化に気づく
青木(美):
乳児期は人格形成の基礎が作られる、人生の中でも重要な時期です。この時期に、子どもは特定の大人とのやり取りを繰り返す中で「アタッチメント(愛着)」と呼ばれる心の絆を育んでいきます。
例えば不安や不快な気持ちを、泣いたり、表情で示したときに、その思いを受け止めて応えてくれる大人がいて、あたたかな触れ合いから安心感を得る…そんな経験を重ねると「この世界は安心して生きていける場所なんだ」「自分は愛されているんだ」「人を信じていいんだ」という感覚が芽生えます。
すると子どもは、少しずつ周囲の世界にも関心を向けられるようになります。信頼できる大人が見守ってくれているという安心感を土台にして、自分から人や物、出来事に関わろうとします。いつでも戻ってこられる「安全基地」があるからこそ、子どもは安心して世界を広げていけるのです。
小野:
まさに檸檬会が「乳児の育児担当保育」に取り組む理由ですよね。安心できる乳児期を経てこそ、その先の幼児期における探究的な活動「つながる保育®」に続いていくわけです。
生まれて間もない乳児でも、いつも同じ保育者がそばにいると「この人なら要求や思いをしっかり受け止めてくれる」と安心できます。それが子どもの自己肯定感の基礎を作り、周囲への興味につながり、やがて主体的に動く力になるのを実感しています。
青木(美):
気づけばこの保育のあり方をスタートさせて、もう10年以上になります。集団生活の中にあっても、食事や排せつ、着替えなどの場面では特定の保育者が関わります。子どもの表情や仕草から言葉にならない思いを受け止めて、一人ひとりに応じた関わりを積み重ねていくのです。
そうすることで、保育者は単に発達の様子を見るだけでなく、その子どもが何を感じ、どのように成長しているのかをより深く理解できるようになります。また、その気づきを保育者同士で共有することで、子ども一人ひとりを園全体で見守り、支える保育につながっています。
小野: 一方で、「担当保育」という言葉から、「担当する子どもだけを見る保育」と受け取られることがありますが、決してそうではありません。担当する子どもとの安定した関係を軸にしながらも、保育者はクラス全体の子どもたちや保護者とも関わっています。担当児との関係があるからこそ、クラス全体の子ども理解にもつながっていくのです。
「権利を持つ主体」として乳児に接する
青木(美):
「子どもの権利条約」では、子どもを大人と同様に「一人の市民」として捉えています。私たちも乳児を未熟な存在として扱わず「権利を持つ主体(社会の一員)」として接します。例えば鼻水が出ていたら、目を見て「お鼻拭いてもいい?」と声をかけてから行います。大人だったらどうでしょう。いきなり無言で鼻を拭かれたら不愉快ですよね。
また、おむつ交換の後には「気持ちよくなったね」「すっきりしたね」と声をかけ、子どもが感じている気持ちと言葉が結びつくよう働きかけます。感覚や気持ちを代弁することも応答的な関わりとして大切にしています。
小野:
それで思い出したのですが、以前、泣きながら登園してきた子どもが、担当保育者に抱っこされたとたんに眠り込んだ場面を見ました。保護者と笑い合い、心あたたまるひとときに「育児担当保育」の魅力を感じました。
また、子どもたちがぬいぐるみに向かって「大丈夫よ」「手伝うよ」と優しく声をかけている姿も印象に残っています。自分が受け止められ、大切にされる経験を積み重ねることで、そのあたたかさが今度は子どもから周囲へ向かっていく。そんな姿を見るたびに、日々の関わりの大切さを実感します。
青木(美): だからこそ檸檬会では、保育者の所作に関する指針も設けています。大人は子どもの手本になるので、日頃から立ち居振る舞いを意識しています。
往還型研修が支える、檸檬会の保育の質
小野: 保育所保育指針等においても、担当保育者が一人ひとりの子どもに丁寧に関わることの大切さが示されています。ただ、その考え方を実践として根付かせるためには、継続的に学び続けることが必要です。私たちは、研修と実践の振り返りを重ねて、保育の質を高めています。
青木(美): そのために、各施設から代表者を募り半年間の「往還型研修」を実施します。毎月レクチャーを受け、課題を現場に持ち帰って実践し、翌月の研修で振り返るサイクルですね。理念を語るだけでなく、実践し、対話し、磨いていく。そのプロセスが「檸檬会の保育」を支えています。
小野: このように乳児といかに関わるか、向き合っていくのかを具体的に学べて、さらに他施設の保育者仲間と対話できる場が整っています。この研修システムがあるからこそ、檸檬会の全施設が共通する価値観を大切にしながら「育児担当保育」を実践できるのだと思います。
トークメンバー紹介
青木 美佳 あおき みか
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 部長 兼 CCD
劇団四季での活動を経て、コンテンポラリーダンサー・振付家として国内外で活躍。その後、保育の世界へ。現在は檸檬会で保育の質向上や人材育成、保育研究・プログラム開発に取り組む。
小野 真弓 おの まゆみ
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 主任
育児担当保育や子ども主体の保育、コーナー保育の実践と導入、保育者への支援に携わる。現在は、その経験を生かし、法人内ガイドラインの策定や保育者研修の企画・運営に従事している。
乳幼児の
アートプログラム
- 自由な遊びが心をひらく
子どもの育ちにとって乳幼児期はとても大切です。檸檬会の保育では、多様な経験を通して五感を刺激するアートを重視しています。
どんな取り組みをしているのか。現場をリードするCCD(チャイルド・コミュニケーション・デザイナー)の青木美佳(保育安全部 部長)と荒島に、子どものアートについて聞きました。
正解のないアートが育む自己肯定感
青木(美):
乳幼児期は人としての基礎が作られます。周囲の大人からの応答的な関わり、豊かな環境によって五感への刺激をたくさん受けることで、脳の発達が大きく促されます。
アートは自己決定の連続であり、正解はありません。自分の表現を否定されない安心感が、新しい挑戦やアイデアを生み出す力、ひいては自己肯定感や自己効力感、自己形成へとつながっていきます。
荒島: まさに、私たちが大切にしているのは、そのプロセスにある体験そのものです。だから檸檬会では、アート「活動」ではなくあえてアート「あそび」という言葉を使っています。一般的にアートは、仕上がりや出来映えに目が向きがちですが、遊びはその瞬間瞬間を楽しむことが目的になります。子どもが自分の内側から湧き出る衝動、いわゆる内発的動機をしっかり見取ろうというメッセージを、すべての保育者へ伝えています。
「出会い」から始まり、遊びは循環していく
青木(美): アートに取り組む目的は作品の出来映えではなく、すべての始まりは「出会い」です。子どもが素材や環境と向き合い、対話の中で生まれてくるものを私たちも一緒に楽しみます。遊びの中で感じること自体に意味があります。
荒島:
実際に貝殻をチョークとして使って紙に絵を描き、その紙を水に浸してちぎり、さらに紙すきをしたこともあります。あとは片栗粉からスライム遊びが始まり、色を付けたり、ボンドと混ぜて新しい感触の遊びに広がったこともありますね。
ひとつの素材が形を変えながら、遊びが循環していきます。工作のように作品を残すことよりも、変化していくプロセスに向き合う体験そのものを大切にしているわけです。
青木(美):
例えると乳幼児期は、土壌に養分を与える時期だと想像してもらうと分かりやすいかもしれません。豊かな土壌があるからこそ根を強く張り、花が咲き、実をたわわにつけることができます。
自己表現力や想像力、指先を使う運動能力、感じることから生じる好奇心や集中力……そうした人の基盤となる時期の取り組みとして、アートはとても親和性が高いと感じています。
理念の先、体系化された学びの仕組み
荒島:
「0歳からのアートって難しくないですか?」という声をよく耳にします。「何から始めればよいかわからない、難しい」と身構えてしまうパートナーも少なくありません。保育である以上、安心・安全は大前提ですよね。その中で子どもが口にいれても安全な素材を選んだり、いかに環境を設定するのか、まずは不安を払拭することが大切です。
そのようなことも含めてアートあそびを学べる往還型研修の中で、実践を重ねるうちに「子どもと一緒に楽しめばいいんだ」という感覚に変わっていきます。
青木(美):
そうですね。例えばテーブルに何かがこぼれた時、大人は慌てて拭き取ろうとしますよね。でも子どもは、こぼれたものを指で広げたり、匂いを嗅いだりします。あるいは園庭に雪が積もれば足跡をつけてみたりします。そうやって全身の感覚を使い世界との対話が始まります。
「今、これに熱中しているのはなぜだろう?」と、保育者が子どもと一緒におもしろがれる環境と、安心・安全な環境があること。この両方がそろい、初めて豊かな「出会い」が生まれるのだと思います。
荒島: そして、そうした環境づくりを担っているのが私たち「CCD(チャイルド・コミュニケーション・デザイナー)」です。一般の保育者とは異なる視点で保育をデザインしています。
青木(美): そうなんです、檸檬会には「CCD」と名乗る存在がいますよね。この「CCD」は保育に新しい視点を加えて、日常の保育をより一層価値のあるものにデザインしていくといった役割を担っています。
荒島:
その中で大切にしているのが「イベントにしない」「一度やって終わりにしない」「大人がやりたいことではなく、子どもの『やりたい』を大切にする」という視点です。
とはいえ、前日から特別なものを用意しなければならないわけではなく、日常の連続性を大切にデザインしていきます。なるべく保育者が子どもに向き合う時間を多くしたいといったことが私たちの願いです。
また、保育者は研修で学んだことを実践し、そこで得た気付きを次の研修で話し合う。その学びと実践を繰り返しながら、「何を感じているのだろう」「次にどんなことを試すのだろう」というまなざしを持って子どもたちとともに楽しんで学びを深めていくことを感じてもらえればと思っています。
青木(美): これからの時代を生きる子どもたちに必要なのは、正解を見つける力だけでなく、自分なりの答えをつくる力です。アートを通して、一瞬一瞬を全力で生きる子どもたちが、たくさんの物事と出会い、世界を冒険してほしいと思っています。そうして五感を通して得た力は、未来を力強く生きていく礎になっていくでしょう。
トークメンバー紹介
青木 美佳 あおき みか
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 部長 兼 CCD
劇団四季での活動を経て、コンテンポラリーダンサー・振付家として国内外で活躍。その後、保育の世界へ。現在は檸檬会で保育の質向上や人材育成、保育研究・プログラム開発に取り組む。
荒島 智子 あらしま さとこ
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 CCD
京都芸術大学情報デザイン学科・こども芸術学科他、講師として保育者養成アートファシリテーターに従事。乳幼児期におけるアートプログラムの開発・普及活動に注力している。
SEL - 子どもの心の育ちとは
檸檬会では「社会性と情動の学び(SEL=Social and Emotional Learning)」を保育に取り入れ、子どもの心の力や社会性を育んでいます。海外では先行して広がりを見せるSELをいかにして現場で実践していくのか……
副理事長の青木、施設長の原口、保育研究員の上林がともに考えます。
「人と人がつながる場」が失われていく中で
原口:
最近、「感情をうまくコントロールできない子どもが増えている」というニュースを目にすることが多くなりました。突然怒ってしまったり、うれしい気持ちを素直に表現できなかったりしますね。多くのご家庭が共働きで保護者は忙しくされており、中にはサポートが少なく1人で育児をされている方もいます。
そうした中で、子どもの対人関係スキルを育む環境を築くことが大切だと思っていました。だからSELのプロジェクトが始まると聞き、真っ先に手を挙げました。
青木:
私も、感情表現が苦手な子が増えた背景には、時代の変化もあると思っています。スマートフォンが当たり前のように育児へ入り込み「0歳や1歳の子どもでも1日に約1.5時間も触れている」というレポートもあるほどです。保護者も子どもと一緒にいながらスマホを眺めている時間が多くなっていますし。
きょうだいの数も少なくなり、祖父母と同居しない家庭が増えたことで、さまざまな感情に触れる機会や、双方向コミュニケーションの機会が減っているといえます。
上林:
そうですよね。自分の感情を理解したり、感情を表す言葉が少なかったりすると、嫌な気持ちを「うざい」「きもい」のひと言で片付けてしまったり、小学校に進めばSNS内のトラブルに発展したりもします。
脳が最も発達する乳幼児期に、ぜひ自分の感情をコントロールしたり、人を思いやる心の土台を築いてほしいですね。その学びのプロセスとなるSELは、まさに人生を豊かに生きるための基盤を築く取り組みになると思います。
自分と向き合う。素直に表現する
原口:
保育現場では、檸檬会で作成したガイドラインを基にSELを実践しています。例えば幼児クラスでは、輪になって子ども同士が対話する「サークルタイム」で、心を落ち着かせるために1分から3分ほど深呼吸を行っていますね。
導入して1、2週間が経つと「いつもざわつく場面なのに静かに集中している」「きつい言葉を聞く機会が減ってきた」といった報告も受けるようになりました。
青木:
方法は少し異なりますが、以前、アメリカの保育現場を視察した際に「うれしいってどんな気持ち?」「悲しい顔をしてみよう」と、子どもたちを感情と直接向き合わせる場面を目にしました。
日本には人前で泣くのをはばかるなど、感情を表に出すことをよしとしない文化もありますが、感情に気づき、適切に表現することはますます大切になります。
だからこそ幼い頃からそうした学びが必要なんです。
上林:
例えば、感情を身体で表現したり、喜怒哀楽の表情が描かれたカードを使って「どんな気持ちの時に、こんな顔になる?」と語り合うのも有効ですよね。感情と表現方法が結びつけば、対人関係を築く力も育まれ、自己肯定感、自己効力感にもつながっていきます。
こうして、自分の意見を伝え、他の人と協力しながら、将来の社会で生きていく力の基盤になると考えています。
保育者の心も整えるSEL
青木:
保育者は、穏やかさや笑顔が求められる「感情労働」でありながら、自身の気持ちのマネジメントを学ぶ機会がほとんど無いのではと思います。
だから檸檬会では、子どもだけでなく、保育者のSELも大切だと思っています。保育者が落ち着いた気持ちで接すると、結果として子どもが安心できますし、保育者のウェルビーイングにもつながると考えています。いろんなことによい影響があるんですよね。
原口:
実際に、私が勤務する園では、職員会議で保育者向けのSELアクティビティを実施しています。「自分の言動を振り返り、自身の気持ちを見つめる」というものですね。
その際に自身を全否定するのではなく、まず「私は〇〇したかったのか」という感情を受け止め、続いて「どうすればよかったのか」を考えるステップを踏んでいきます。自己否定が積み重なると「自分は保育士に向いていない」とネガティブ思考になりますが、SELは前向きに考えるきっかけにもなっています。
上林: そうした取り組みを支えるのが、檸檬会として作成した「SELガイドライン」です。SELを理念だけで終わらせず、体系的な実践として浸透させていく鍵になると考えています。
トークメンバー紹介
原口 麻理 はらぐち まり
社会福祉法人檸檬会
レイモンド向日保育園 園長
ファッション業界から国家試験を経て保育士へ。前職の経験を活かした柔軟な発想で園を運営し、一人ひとりの育ちに寄り添う安心の環境づくりに取り組む。
青木 一永 あおき かずなが
社会福祉法人檸檬会 副理事長/
大阪総合保育大学 非常勤講師
国家公務員として勤務後、檸檬会に入職し、園長職を経て現職。園長時代に大学院に通い始め、2019年博士学位取得。2015年日本乳幼児教育学会新人賞受賞。またプロコーチとしてコーチングを行っている。
上林 那津子 かみばやし なつこ
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 保育研究員
教育学修士課程を修了。SELや性教育理解に関するガイドラインなど、法人内指針の策定に携わるほか、保育者研修の構築・体系化に従事。保育研究や研修講師も務め、研究と実践をつなぎ保育の質の向上に取り組んでいる。
ESD - 未来の創り手を育む
国連はSDGsの達成に向け、一人ひとりの「行動変容」が欠かせないとしています。それには、価値観や行動規範の基礎が育まれる乳幼児期が重要です。だからこそ檸檬会では、「ESD(持続可能な開発のための教育)」を保育の柱のひとつにしています。
SDGsとの関連性や、保育現場で行うESDとは?副理事長の青木と、「かわさきSDGs大賞2024」で最優秀賞を受賞したレイモンド元住吉保育園の施設長の松村が語り合います。
子どもと大人の「横の関係」が育んだシチズンシップ
青木:
ご存じの通りSDGsには2030年までに達成を目指す17のゴールが設定されています。そしてSDGsの実現のためには、人々の行動が変わる必要がありますよね。
檸檬会で大切にしているESD(Education for Sustainable Development)は、まさにその「行動変容」につながることが大切にされていて、国連の専門機関であるユネスコも「保育はESDの出発点」と明言しているんです。なぜなら、乳幼児期に人間の価値観や行動規範が形成されるからです。
松村:
一方で、日本ではESDはあまり知られておらず、ともすると自然や環境保護の教育だと誤解されていると思います。私もまだ勉強中ですが、檸檬会の「つながる保育®」の研修を通して、身の回りのものごとと向き合い、まわりの人と対話し、探究することがESDの実践につながると実感しました。
さらに子どもたちと関わる中で強く感じたのは、大人が一方的に教えるのではなく「同じ視点に立ち、対等な立場で考え、一緒に楽しむ姿勢」が大切だということです。
青木:
その通りで、「目の前にいない人」や「まだ起きていない出来事」にも想像力を働かせ、自分事として行動できるようになるのが目指す姿ですね。だからこそ檸檬会では、保育者が活動内容を決めるのではなく、何をしたいのかを子どもと対話して生活が織りなされる環境を作っています。
こうした積み重ねが「自分ならできる」「きっとうまくいく」という自己効力感を高め、さらに「自分はこの社会の一員なんだ」というシチズンシップの芽生えにつながると考えています。子どもと大人が縦の関係ではなく、一緒に笑い、感動し、学びを深める「横の関係」でいることがESDには欠かせませんね。
子どもの声を聞き、一緒に深める姿勢
松村:
私自身、最初からESDを意識して保育をしていたわけではありません。熱中症の危険があり外あそびができない夏、子どもたちから「このまま暑くなったら外に出られなくなるのでは?」といった声が上がるようになりました。
ちょうどその頃、育てていた野菜について話し合っていたのですが、「野菜クズをごみとして出すと空気が汚れ、もっと暑くなってしまうかもしれない」という意見に広がっていきました。そこから、「野菜クズでジュースを作ろう」「絵の具にできるかも」「紙にもなるかも」と発展していきました。実際にバナナの皮を使って紙を作ったら、予想外に真っ黒な紙ができあがり、子どもたちも私も驚きました。
そこから正解を教えるのではなく、自ら考え、試行錯誤するプロセスを大切にすることこそ保育者の役割だと実感しました。この一連の取り組みは幼児教育分野では初めて「かわさきSDGs大賞2024」の最優秀賞をいただきました。
青木: そうした取り組みからもわかるように、子どもたちの声から遊びが広がっていく背景には、それを受け止める環境があったことが大きいと思います。最初から全てを用意するのではなく、子どもの声に耳を傾けながら環境を整えていく。その姿勢こそが、対話と参画を生むパートナーシップだと思います。
正解が無い問いの先にある学び
松村:
子どもたちの遊びや生活はいつもうまくいくとは限りません。先日もプランターで育てていたジャガイモを掘ってみると、改修工事の影響で日当たりが悪くなっていたため、ほとんど実がついていませんでした。子どもたちの中には、楽しみにしていたので泣き出す子もいたほどです。
そんな中、「最近はずっと工事の屋根があったから、お日様が当たらず大きくならなかったのかも」と、ある園児がつぶやきました。そしてそこから野菜の生育や畑への関心が深まり、農業を営む保護者の方にお話を聞くなど活動はつながっていきました。ピンチのときこそ、大きな学びのチャンスになるのだと感じています。
青木:
本当にそうですね。保育者自身も正解を持っているわけではありません。だからこそ、うまくいかないときに子どもたちと一緒に悩み、考えることが大切なのだと思います。檸檬会では、入職する保育者全員が受ける研修でESDの考え方も学びます。
そして2022年に行った「SDGs宣言」の中にもESDという言葉を明確に盛り込みました。保育という営みそのものが、次世代を育てる行為だという認識を、法人全体で共有できていることに大きな意味があります。正解がわからないことに向き合い、友だちと対話しながら試行錯誤する子どもを育てていく。そうした積み重ねが「行動変容」につながっていくと思っています。
トークメンバー紹介
青木 一永 あおき かずなが
社会福祉法人檸檬会 副理事長/
大阪総合保育大学 非常勤講師
国家公務員として勤務後、檸檬会に入職し、園長職を経て現職。園長時代に大学院に通い始め、2019年博士学位取得。2015年日本乳幼児教育学会新人賞受賞。またプロコーチとしてコーチングを行っている。
松村 晴子 まつむら はるこ
社会福祉法人檸檬会
レイモンド元住吉保育園 園長
園運営全般を担い、子どもたちが毎日安心して笑顔で過ごせる環境づくりと、より良い保育の実現に向けた取り組みを進めている。
マニュアル・
ガイドライン
- よりよい保育の道しるべ
檸檬会では子どもたちに安心・安全な保育環境を用意するために、独自のマニュアルやガイドラインを40種類以上にわたり整備しています。
その役割を担う保育安全部の部長を務める青木美佳と主任の小野が「なぜそこまで徹底するのか」「どう実践に落とし込むか」をテーマに議論します。
保育の道しるべとして
青木(美):
国が示しているものに加え、檸檬会では独自のマニュアルやガイドラインを数多く作成しています。全国約70の保育施設を運営する法人として、どの施設においても大切にしたい考え方を共有し、子どもたちにとってよりよい育ちの環境につなげていくためです。
もちろん、保育に正解があるわけではありません。だからこそマニュアルやガイドラインを「答えを示すもの」ではなく、最適解を考え導き出すための道しるべと位置づけています。
また、現場の実践を通して見えてきた課題や工夫を反映しながら、内容を継続的に見直します。現場と本部がともに学び合いながら、よりよい保育の実現につなげていきたいと考えています。
小野:
本当にその通りで、現場を経験してきた立場からすると、行動の根拠や手順がわかりやすく示されていると自信を持って保育に向き合えます。策定する側になった今も大切にしている視点です。
マニュアルやガイドラインがあることで、檸檬会として大切にしている保育観をすべてのパートナーと共有できます。全国にあるどの施設でも子どもを尊重する姿勢や保育の考え方を浸透させるための土台だと思っています。
また、保育者が実践を振り返る際にも「子どもにとってどうだったか」という視点で見直す手掛かりになります。ガイドラインは保育者を縛るものではなく、よりよい保育を考え続けるための支えになっていると感じています。
これまでに4領域・40種類以上を作成
青木(美):
各施設に届けているマニュアルやガイドラインは、「業務」「安心・安全」「保育」「新たな取り組み」の4つの領域に分かれています。私たちが大切にしているのは、どの施設でも質の高い保育を提供することです。そのため、国や社会の変化に合わせて内容を見直すなど更新が必要です。
近年では、子どもたちが将来を生きる力を育むための金融教育やSEL(Social and Emotional Learning:社会性と情動の学び)に関するガイドラインも整備しました。また、新卒の保育者が安心して成長できるよう、教わる側だけでなく、教える側のためのマニュアルも用意しています。
小野:
そうですね。例えば、安全面に関しては、水あそびや食物アレルギーをはじめ、国の基準を現場で実践しやすい形に整理し、文書化しています。また、「性教育」「ICTの活用」「日本語を母国語としない親子が利用しやすい園づくり」など、現代社会で求められる新たなテーマにも積極的に取り組んでいます。
保育の現場では調理師や看護師などさまざまな専門職も関わっています。そのため、誰もが子ども一人ひとりの育ちを理解し、それぞれの実践につなげられるよう内容を工夫しています。
研修で内容を浸透させ、現場の声で改善を重ねる
小野:
ガイドラインやマニュアルは作成するだけでなく、その内容が現場に浸透し、日々の実践につながるよう研修も実施しています。そして、保育安全部からすべてのパートナーに向け、食中毒対策など季節的な情報や、現場で使えるアイデアを毎月のように発信しています。
それぞれに「このタイミングでこの知識が必要な理由」を添え、いずれの情報にも関連するガイドラインやマニュアルを明記し、各自で詳細を確認するよう促しています。こうしたサポートが保育者の主体性を引き出し、保育の質向上につながると考えています。
青木(美):
同時に、さまざまな取り組みを通して現場の声に耳を傾けながら、子どもたちにとってよりよい保育のために何が必要なのかを、現場のパートナーとともに考え続けています。
その中で得られた気づきや実践を反映しながら、マニュアルやガイドラインの見直しを重ねています。私たちにとってこれらは完成形ではなく、現場とともに育てていくものだと考えています。
トークメンバー紹介
青木 美佳 あおき みか
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 部長 兼 CCD
劇団四季での活動を経て、コンテンポラリーダンサー・振付家として国内外で活躍。その後、保育の世界へ。現在は檸檬会で保育の質向上や人材育成、保育研究・プログラム開発に取り組む。
小野 真弓 おの まゆみ
社会福祉法人檸檬会 法人本部
保育安全部 主任
育児担当保育や子ども主体の保育、コーナー保育の実践と導入、保育者への支援に携わる。現在は、その経験を生かし、法人内ガイドラインの策定や保育者研修の企画・運営に従事している。
書籍のご紹介
檸檬会副理事長 青木一永が手がけた、保育や子育てへの理解を深める書籍をご紹介します。
子どもとの関わり方や日々の保育のヒントとして、ぜひご覧ください。

3ステップの視点で保育が楽しくなる! つながる保育スタートBOOK
著者|社会福祉法人檸檬会 青木 一永(編著)出版社|東洋館出版社
本書で紹介する「つながる保育」とは、保育者がテーマを決めたり主導したりするのではなく、子ども自身が興味・関心のあることから、もっと知りたいこと・試したいことを見つけ、遊びや生活の中で学びを深めていくプロジェクト・アプローチに基づく実践です。
ご購入はこちらから
SDGsと保育スタートBOOK つながる保育で実践する幼児期のESD
著者|青木 一永・社会福祉法人檸檬会(編著)出版社|株式会社みらい
SDGs×保育はつながる保育でうまくいく!保育にESD(持続可能な開発のための教育)の視点を取り入れるための実践提言書。プロジェクト・アプローチによる4つのESD実践事例を詳しく解説し、保育者がすぐに実践できるヒントをわかりやすく示している。保育者が子どもと豊かにかかわり、子どもの探求をより深めていくための一冊。

マンネリの壁を超える! 主体的な保育者になるための88の思考法
著者|青木 一永(著)出版社|中央法規出版
保育者としてさらに成長したい!けれど、うまくいかない…。そんな方に、園長の経験もある著者が「自己効力感を上げる」「保育と子育ての違い」など、ワンランク上の保育者として身につけたい88の思考法を紹介。1つの思考法を見開き頁で解説し、すきま時間に読み進められる。
ご購入はこちらから
青木: 子どもは生まれながらにして好奇心の塊です。例えば音が出ることを不思議がり、遊びを通じて学び、世界は広がっていきます。シャボン玉をすれば「どうすればもっと大きくなるだろう?」「より遠くまで飛ばすには?」と遊びに熱中する中で、さまざまなことに興味を持ち始めます。これがまさに探究です。
安心できる大人に見守られているからこそ、子どもたちは遊びに没頭し、社会と関わっていく。その姿を支えること――それが私の思う「探究的な保育」ですね。檸檬会ではこの考えを「つながる保育®」として、2013年頃から体系化してきました。
安達: わかります。子どもたちは、いつも問いを持っていると感じます。だからまずは保育者が一人ひとりの興味に目を向け、他の保育者とも情報を共有し、遊びと学びの環境を整えることが、探究のきっかけになると思います。
実際に、海への関心が高まった子どもたちに海洋生物図鑑、貝殻や魚のフィギュアを用意したところ、ウミガメがビニール袋を食べてしまうという会話が始まり、やがて海の砂からマイクロプラスチックを探す活動へと発展しました。子どもの興味を丁寧に拾えれば、保育の可能性はどこまでも広がりますよね。
上林: 子どもの「なぜ?」は本当に一人ひとり異なります。檸檬会の約70園が同じ研修を受けても、現場での実践はそれぞれ違いますよね。なぜなら子どもの関心は多様であり、さらに「なぜだろう?」という心の動きも一人ひとり違うからです。保育者がその変化を細やかに見取ることで、それぞれの探究が始まっていきます。